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カリタスジャパンは、正式には1970年に「カリタスジャパン」という現在の形で創立されたが、その起源は第2次世界大戦直後のカトリック教会の社会福祉活動にまで遡る。この「カリタスジャパンの萌芽」と呼べる時代を含めると、カリタスジャパンは2006年で60年を迎えたことになる。

カリタスジャパンの萌芽

1946年 終戦直後の1946年、ララ物資を全国に配布する受け皿として、日本政府は「LARA救済物資中央委員会」を設立。カトリックからは中央委員会委員として、日本カトリック復興委員会の委員が任命され、カトリック教会を窓口としたララ物資、ケア物資の配布が行われた。
  ララ物資とは・・・Licensed Agencies for Relief in Asia(アジア救済連盟)の略であり、1946年米国の宗教・労働関係13団体が組織。第2次世界大戦で困窮に陥ったアジア(特に日本、朝鮮)の民衆に対し、生活必需品(ララ物資と呼ばれた)を供与することを目的とした。1952年に打ち切られるまで、脱脂粉乳をはじめとする食糧・衣類・薬品などが配布され、1,400万人が恩恵を受けた。
  ケア物資とは・・・CARE(Cooperation for American Relief for Everywhere)は、1945年に戦災に見舞われたヨーロッパの困窮者に食糧や衣料等の援助物資を送るために設立された世界最大の支援団体。日本では1948年から1955年までの8年間、学童,青少年を対象に食糧、衣料,医薬品、学用品等を無償配布した。

1948年 「社団法人 日本カリタス会」創立。
この始めの一歩をカトリック新聞1948年6月6日号では次のように報じている。
  『日本におけるカトリック教関係各種社会事業の指導斡旋を目的として組織される社団法人カリタス会は全国的なカトリック社会事業連合で、聖ウ゛ィンセンチオ・ア・パウロ会はこの重要な要素をなしてるが、聖ウ゛ィンセンチオ会全国世話人チベサー師(連盟社会事業部次長・メリノール会司祭)はカリタス会の設立について次のように語った。
    「ヴァチカン国務省は昨秋各国に回状を送り各国に全国的なカトリック社会事業連盟が既に出来ているか、またカトリックの社会事業を国際的に調整することが好ましいかと問い合わせてきた。私たちは教皇使節閣下と協議の上、望ましいと回答することにきめ日本における我々の社会事業をこの線に沿って組織することにした。昨年11月私は全国的カトリック事業団体についての計画をフロジヤク師とタシナリ師に提出し賛成を得、次に連盟部長会議で田口芳五郎司教に提出、賛成を得て本年1月28日に司教各位に手紙をおくった。」
    この計画によれば各教区に社会事業の指導司祭を一人任命する。この司祭は司教の監督の下にあるあらゆる社会事業、病院、サナトリウム、養老院、孤児院、聖ウ゛ィンセンチオ会、コムユニティ・チエストの仕事に従事するのである。』

1951年 「Caritas Internationalis(国際カリタス)」の創設。
  カトリック教会の社会福祉機構として教皇ピオ12世が創設。バチカンに本部を置き、国連経済社会理事会総合諮問資格を持ち162カ国が加盟する、最大級の国際NGO組織へと成長する国際カリタスが誕生した。

1952年 日本の経済も回復を見せ、ララ物資、ケア物資の配布は終了。朝鮮戦争勃発による特需景気で経済は自立への道を歩み始め、カリタス会の初期の援助活動は終了したと言える。日本カリタス会はその後、社会福祉事業に携わる人々の養成、社会事業福祉施設の援助などを事業として行った。

1956年 全国教区長会議において「カリタス会」がカトリック中央協議会の「社会福祉部」となることが決まった。
このころのカトリック福祉施設は全国で227を数えた。1957年12月8日のカトリック新聞には、カトリック中央協議会社会福祉部が全国の社会福祉施設の統計をまとめたものが掲載され、これにはすべての病院、療養所、保育園や乳児院、厚生施設が含まれている。当時これらの施設の収容人員は15,000人程度。

1958年 6月23日 カトリック中央協議会館で「日本カリタス会 第1回総会」が開催され、全国から52のカトリック施設代表者80名が参加。国際カリタス協議会会長からのお祝いのメッセージが寄せられ、また厚生省大臣官房企画室長による講演もあった模様。

1958年 11月30日から12月6日まで東京で、第9回国際社会事業会議(ICSW・国際社会福祉協議会(国連の経済社会理事会に助言する非政府機関)主催)が開催され、世界各国の社会福祉に関する諸問題が討議された。日本ならびに海外からの代表1,700名が出席、カトリックからは約100名で、国際カリタス、カトリック国際社会奉仕連合、NCWCカトリック救済奉仕団からの代表が来日し出席した。日本カリタス会も列席。

1966年 定例全国司教会議で「日本カトリック司教協議会」が結成され、また、臨時全国司教会議では諸司教委員会が編成された。これまでの「部」と「委員会」が一本化され「社会福祉部」は「社会・福祉司教委員会」となった。(委員長:荒井勝三郎司教、秘書:松村菅和神父)。四旬節「愛の運動」が始まった。

1969年 司教協議会定例総会において「日本カリタス」が社会・福祉司教委員会の監督・指導のもと、日本におけるカトリックの社会福祉諸活動の国内及び国外に対する窓口となる組織として承認され、事務局機構の準備が始まった。

「カリタス・ジャパン」の創立

1970年 1月29日 カトリック社会福祉団体間の相互援助と協力を促進し,他の関係諸団体及び国際カリタスとの緊密な連携を保つことを目的として「カリタス・ジャパン」が創立された。社会福祉司教委員会の実行機関となり、「Caritas Internationalis(国際カリタス)」のメンバーとなる。
設立総会が中央協議会館で開催され、担当司教:荒井勝三郎司教、理事長 松村菅和神父の体制が決まった。理事長の松村菅和神父はカトリック新聞のカリタス・ジャパン特集号で「単に募金運動にとどまること無く、社会福祉事業を通してカトリック教会が、日本の社会に打ち出す姿勢を自覚し、また重要視しながら、広大なビジョンのもとに進んで行きたいと思います。今後は日本の社会福祉諸団体にも関心をもち、「私は仕えるために来た」とおっしゃった主イエズスのみことばをモットーとして外面的なことだけではなく精神的・内的なものを社会にもたらしてゆきたいと考えています。まことに社会の福祉とはこの社会から一人として疎外される人がないよう、苦しんでいる人も、幸福な人も、貧しい人も豊かな人も、手を取り合い人類共同体として共に祈り、考え、学び、このようにして相互に仕えつつ人類の幸福を築いていくことでなくて何でしょうか。神の国建設というこの大きな目的のために私たちは社会福祉を通して邁進していこうではありませんか。」と決意を語った。
また同年2月22日のカトリック新聞には、「四旬節 愛の運動」が次のように一面で報じられた。「このほど正式発足をみたカリタス・ジャパンが、社会福祉司教委員会の指導のもとに、日本の全カトリック信者に呼びかけ、四旬節の償いに愛の運動として、沖縄の身体障害者とライ患者を援助するための募金を行う。なおこれは教会以外の善意の人びとにも訴え、広くその協力を願って展開される。」
「四旬節 愛の運動」は今日まで、カトリック教会の四旬節の償いとして、全国に定着し続けられている。教皇は毎年、四旬節に向けてメッセージを発表し、キリストを信じるすべての人が四旬節の精神をよく理解して、回心と愛のわざに励むよう呼びかけている。この呼びかけに応えて日本のカトリック教会は、見捨てられ、いのちの危機にさらされている人たちとの共感を大切にするよう一人ひとりに訴えるとともに、「四旬節 愛の献金」を奨励している。「四旬節 愛の献金」の企画・配分などの事業は司教委員会からカリタス・ジャパンに委託されている。

1972年 困窮する難民救済にあたってきたカリタス・ジャパンは、CORG(カトリックの救援復興活動機関)とBERRS(WCC関係のバングラデシュ・エキュメニカル救援復興奉仕機関)の要請を受けて、日本キリスト教協議会(NCC)と協力し、農業青年奉仕団(50人)を公募してバングラデシュへ派遣した。

1973年 全国的にベトナム戦争犠牲者の救援募金を1年間実施することを決め、社会福祉司教委員会委員長の白柳誠一大司教と、カリタス・ジャパン理事のボヌウ゛ィル神父が、停戦協定が成立したベトナムで何が必要か、について調査視察に赴いた。カリタス・ジャパンでは同年11月ベトナム救援募金運動を開始。

1974年 司教協議会総会において「社会福祉司教委員会」が「社会司教委員会」として司教のみで構成される委員会となり、同時に「カリタス・ジャパン」は日本司教団より委任された協議会的な自主活動を行う機関と定められた。

1975年 6月  国連難民駐日事務所の連絡を受けて、デンマーク船に助けられ横浜港に着いたベトナム難民50人に対して、カリタス・ジャパンが宿泊の手配等の援助を実施。また同年7月には第87大盛丸に救助されたベトナム難民に対して援助を実施

1977年 4月  「第1回ベトナム難民施設担当者連絡会議」をカリタス・ジャパン主催で開催。

1980年 11月14日日比谷公会堂で開かれた生活保護法制定30周年記念「全国社会福祉大会」で、カリタスジャパン(担当司教・野口由松広島司教)はカトリック団体で初めて、「厚生大臣表彰」を受彰。「多年に渡り、社会福祉事業推進のための団体として、率先して活動を行い、その功績が顕著である」と評価された。宗教関係の僧侶や神道の神官が受けたことはあるが、団体として宗教法人が受けることは非常に珍しいことであった。

1981年 カリタス・ジャパン事務局は四谷の中央協議会から飯田橋に移転。その後92年に潮見にカトリック会館が出来るまで、飯田橋で活動した。

1983年 司教委員会より、担当司教に佐藤千敬、松永久次郎両司教が任命された。あわせて、「カリタス・ジャパン検討委員会」が設置され、カリタス・ジャパンの日本のカトリック教会での位置付けについて検討が続けられた。翌1984年司教協議会総会において佐藤千敬司教の提案・説明を受けて、カリタス・ジャパンは「日本カトリック司教委員会」の中の「社会司教委員会」に属し、正式名称を「日本カトリック社会福祉委員会」とし、海外や一般には通称「カリタス・ジャパン」とすることが決まった。

1987年 日本カトリック社会福祉委員会は、かねてから検討を続けてきた基本理念を明確化するための討議・検討の結果を「社会福祉への招き」としてまとめ、中央協議会より小冊子として発行。

1990年 「外務大臣表彰」を受賞。
外務省が設置された日を記念して1959年から毎年、海外への経済・技術交流、広報・文化事業等の分野で貢献した個人、団体に授与するもの。カリタスジャパンのインドシナ難民を始め国の内外への福祉援助活動が認められた。

1992年 社会福祉委員会担当司教に濱尾文郎司教(現枢機卿)が就任。
東京・潮見に「日本カトリック会館」が落成、カリタス・ジャパン事務局も潮見に移転した。

1994年 ルワンダ難民救援活動開始。
ルワンダ難民キャンプ支援事業に初めて人を派遣し、1995年5月まで続けられた。

1995年 定例司教総会において、「日本カトリック社会福祉委員会」となっていた名称を「社会福祉委員会・カリタスジャパン」と改称。
社会福祉委員会とカリタスジャパンの活動内容を明確化し、それぞれに担当司教を置くことになり、委員長森一弘司教、新担当司教野村純一司教が就任。「社会福祉委員会」は福祉教育の振興ならびに福祉活動を推進する諸事業にあたり、福祉施設・団体および関係諸協議会との連絡・調整を担当。「カリタスジャパン」は国内・海外の要援助者のための募金・援助活動にあたり、国際カリタスの一員として、国際カリタスへの参画を担当。
同年10月26日 「内閣総理大臣表彰」を受彰。
1975年以来、インドシナ難民の受け入れにかかわってきたことが、インドシナ難民関係功労者として表彰された。

1999年 東アジア代表(日本・韓国・台湾・香港・マカオ・モンゴル)の国際カリタス理事国に選出。
任期4年。2003年の総会で再任され、現在2期目の理事国を務めている。
12月 司教協議会・HIV諸問題検討特別委員会(委員長・押川司教)主催「第1回HIV/AIDS問題講演会」開催。
5年前に日本カトリック司教協議会に特別委員会が発足、2003年からカリタスジャパンにHIV/AIDSデスクとして組入れられた。

2000年 6月30日〜7月2日「国際NGO北朝鮮支援会議」開催。
社会福祉委員会・カリタスジャパンの主催で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への食糧援助に関する活動を行っているNGO(非政府組織)関係者による「北朝鮮人道支援国際NGO会議」の第1部「国際NGO北朝鮮支援会議」が日本カトリック会館などで開催された。参加者は北朝鮮在住の国連開発計画(UNDP)、世界食糧計画(WFP)、ユニセフ(国連児童基金)、世界保健機関(WHO)の代表者、世界宗教者平和会議(WCRP)韓国・日本委員会、世界教会協議会(WCC)の代表者ら110人に上った。

2004年 臨時司教総会にて「カリタスジャパン」と改称することが承認された。
「社会福祉委員会・カリタスジャパン」という名称は社会福祉援助活動と募金援助活動の別々の目的があるかのような印象を与えかねず、誤解を招く恐れがあるため、国際的にも通用する「カリタスジャパン」という名称でくくるとの提案を受けたもの。
「社会福祉部門」と「援助部門」を2司教がそれぞれ担当し、各部門に秘書を置くことができる旨決定され、社会福祉部門は宮原良治司教、援助部門は委員長の池長潤司教が担当となる。
組織的には、カリタスジャパン委員会、社会福祉活動推進部会、援助活動推進部会、国際デスク、HIV/AIDSデスクならびに教区担当者会にて構成され、現在に至っている。
国内各教区では、教区長より任命されたカリタスジャパン教区担当者が、カリタスジャパンの活動の支援協力にあたっている。
同年5月と12月 カリタスジャパンHIV/AIDSデスク主催で勉強会を開催。
テーマは「カトリック教会が『性』にどう向き合うか」「カトリック学校における性教育のあり方」。記録を「カリタスジャパンHIV/AIDSデスク資料No.1『HIV/AIDSと性教育』」として頒布。
2004年6月 宮原良治大分教区司教がカリタスジャパンの委員長に就任し、援助部門を菊地功新潟教区司教が担当となる。
同年6月 社会福祉活動推進部会が「カトリック社会福祉の共通理解のためのメッセージ『カリタスを生きる―社会福祉にキリストの心を』」を発行、頒布。これまで数回にわたって開催されたカリタスジャパン主催の社会福祉セミナーで理解を深めた「カトリック社会福祉活動の共通理解を求めて」というテーマがメッセージとして発行されたもの。

2005年 菊地功担当司教の「カリタスジャパンと世界―武力なき国際ネットワーク構築のために」がサンパウロより出版。
カリタスジャパンニュースへ連載された記事をまとめたもので、西アフリカガーナで8年間生活した菊地司教がNGOカリタスジャパンの活動から見えてきた世界の有様と、援助に関わる必要な知識と心構えを解説。
   

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